石炭火力発電所でのアンモニア混焼の未来はそれほど明るくない
アンモニア・石炭混焼は、ASEAN諸国においてクリーンな電力への移行の解決策として有望視されています。しかし、そこには財政面と健康面のリスクが潜んでいます。
アジアでクリーンな電力導入に向けた動きが強まる中、日本はその一環としてアンモニア・石炭混焼を推進したいと考えています。しかし、専門家たちは、この技術は非現実的であり、コスト面を考えれば、再生可能エネルギーへの転換の方が東南アジアにとっては最適解だと指摘しています。
石炭火力発電所におけるアンモニア混焼の未来はそれほど明るくありません。その理由とは…。
2020年にアジア諸国の政府が石炭火力発電事業への資金支援を停止する方針を示してから、すでにある石炭火力発電所から排出される二酸化炭素を削減する手段としてアンモニア混焼が注目されています。G7サミットの共同声明においても、「1.5℃経路に整合」していることを条件に、排出削減の手段としてのアンモニア混焼技術の使用が認識されました。
しかし、その一方で、調査分析の結果が示すところによると、アジアの複数の国では、この技術を用いても、国際エネルギー機関(IEA)が示す2050年ネットゼロ目標に沿った排出削減は見込むことができません。
アンモニア(NH3)は無色の気体で、強い刺激臭を持ちます。窒素と水素で構成されており、 アンモニアの7割は農業用の肥料として使用され、残りの3割は主に工業用に使用されています。石炭と比べるとアンモニアはエネルギー密度が低く、石炭が24〜35MJ(メガジュール)/kg であるのに対し、 アンモニアは約18.6 MJ/kg となっています。
アンモニア混焼(アンモニア・石炭混焼)とは、一次燃料を補完するために、改修した既設の石炭火力発電所でアンモニアと石炭を一緒に燃焼させることをいいます。アンモニアと石炭の混焼比率は、20:80(アンモニア:石炭)から100%アンモニア(専焼)まで高められる可能性があります。
現在の製法では、たとえ最新鋭の設備であっても、1トンのアンモニアを製造するのに1.6 トンのCO2が排出されます。また、再生可能エネルギーから作られるグリーンアンモニアを除き、アンモニアの製造や燃焼(混焼)に関わる全過程を通してCO2が発生します。
アンモニア混焼によるCO2排出量を算出する際に、研究者らはアンモニア混焼時に排出されるCO2に加えて、上流(アンモニアの製造、貯蔵、輸送)で排出されるCO2を含めています。上流での排出を除外してCO2排出量を算出すると、アンモニア混焼によるCO2排出量は(不正確かつ)過小に見積もられることになります。
現在、発電にアンモニアを利用しようとしている国は日本と韓国だけです。中でも日本は、脱炭素の手段としてアンモニア・石炭混焼技術を国内外で積極的に推進しています。
この技術はまだ実証試験を行なっている段階ですが、日本は2030年から東南アジア諸国で導入する計画で、同地域の大手電力会社と覚書を交わしています。
アンモニア混焼は、日本の国内外の気候変動対策に盛り込まれています。例えば、2023年2月に閣議決定された「GX(グリーントランスフォーメーション)に向けた基本方針」は、アンモニアや水素、原子力、二酸化炭素回収技術を支援・推進すべく最低150兆円(約1.1兆米ドル)の官民投資を目指しています。
また、日本が2021年5月に発表した「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」にもアンモニア混焼が盛り込まれています。AETIとは、東南アジアの経済成長とカーボンニュートラルの同時達成に向けた日本の支援策であり、日本は約100億米ドルのファイナンス支援を表明しています。
これを受けて、JERAやIHI、三菱重工業などといった日本の発電会社やタービン製造メーカーによる取り組みが始まり、現在、インドネシア、マレーシア、フィリピン、そしてタイでアンモニア混焼技術の実証実験が行われています。
アジアおよび日本が2050年ネットゼロ目標を実現させるための方法として有用であるとして、日本はアンモニア混焼を推進しています。
しかしながら、この技術は、その導入に伴う改修費用を回収するために、老朽化する石炭火力発電所(世界的に最大の単一排出源のひとつになっている)の稼働を長期化させる恐れがあります。石炭火力発電所の寿命を延ばすことは、国際エネルギー機関(IEA )が推奨する、「2040年までに排出削減対策の講じられていない石炭および石油火力発電所をすべて段階的に閉鎖する」という、電力部門の脱炭素化に向けたステップの障害になります。IEAは、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑えるためには、このステップが極めて重要であるとしています。
研究者らの算定(下記参照)によれば、アンモニア混焼による排出削減は、インドネシア、マレーシア、タイ、ならびにフィリピンのネットゼロ目標に沿っていません。
現在の開発状況では、アンモニア20% − 石炭80%が最も実現可能な混焼率となっており、80%の石炭からの排出量はそのままとなります。
実際、アンモニアを20%混焼する石炭火力発電所は、以下に示されるように、 排出削減対策が講じられていない平均的なガス火力発電所よりも多くの二酸化炭素を排出します。
混焼率をアンモニア50% − 石炭50%に高めたとしても、CO2排出量はこれらの4カ国ではガス火力発電と同程度になるため、ネットゼロ目標に沿った排出削減は成し得ません。
近年、グリーンアンモニアは、発電用のクリーンな燃料として推進されています。しかし、トランジションゼロのデータが示すところによると、たとえグリーンアンモニアを20%混焼したとしても、その排出量はマレーシア、インドネシア、およびタイのネットゼロ目標に沿っていません*。
現在、世界全体で年間1億7500万トンのアンモニアが生産されており、主としてCO2を大量に発生する製造プロセスが用いられています。国際再生可能エネルギー機関(IRENA Ammonia Outlook 2022)によると、2021年のアンモニアの総生産量のうちグリーンアンモニアの割合は0.01%にすぎせん。
*注:フィリピンは、ブルーアンモニアを生産するのに必要なだけの国産石炭・天然ガスを有していない。
アンモニアは、製造から輸送、燃焼(混焼)に至るまで、ライフサイクル全体でCO2が発生します。
現在流通しているアンモニアは、石炭(ブラウンアンモニア)や天然ガス(グレーアンモニア)といったCO2多排出の化石燃料から作られています。現在の製造方法で排出されるCO2は、 世界のCO2排出量の1~2%を占めており、アンモニア製造業は地球上で最も汚染度の高い業種の一つとなっています。
ブルーアンモニアやグリーンアンモニアなどのよりクリーンなアンモニアは、まだ商用化には至っていません。ブルーアンモニアは、世界的にまだ開発段階にある炭素回収技術を要します。また、再生可能エネルギーから作られるグリーンアンモニアは、得られるエネルギー以上のエネルギーが製造時に必要となります。
より費用対効果が高く、気候に優しい選択肢は、再生可能エネルギー由来の電力を送電網に直接供給することです。それと同時にエネルギー効率を向上させることで、排出削減策にかかる費用を抑えつつ、はるかに多くのCO2を削減することができます。
「日本が推進する石炭火力発電の脱炭素化技術(アンモニア混焼等)については、(中略)その合理性やリスクについて広く情報公開し、必要に応じてさらなる対策や是正措置を取るべき」
出典: 日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)による意見書 2023年3月、気候変動対策にコミットする日本企業230社が加盟する企業団体のJCLPは、日本政府に対し、電力部門の脱炭素化と排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所の段階的廃止の早期実現に向けて、取り組みを加速させるよう求めました。
石炭をアンモニアと混焼するには、まずは既存の石炭火力発電所に互換性のあるインフラを追加しなければなりません。これには、アンモニアの貯蔵タンクやバーナーなどの設備、また、アンモニアを扱うための追加の安全対策と費用も含まれます。
ブルームバーグNEFの分析によると、この技術は「経済的に実行不可能」であり、アンモニア20%混焼に向けて既存の石炭火力発電所を改修すると、資本支出(設備投資)が11%増加することが示されています。
低炭素技術としての可能性が限られていることから、アンモニア混焼インフラへの多額の投資は、財政的リスクをもたらしかねません。 トランジションゼロは、「既存の石炭火力発電所におけるアンモニア混焼の普及は、新世代の座礁資産を生みうる移行リスクが溢れている」としています。
「移行債の投資家にとっては、アンモニア混焼が排出削減に結びつかず、むしろ石炭火力発電所の使用を長期化し、ロックイン(固定化)させるという重大なリスクがあるというのが私たちの見解です」と、アンソロポセン・フィクスト・インカム・インスティチュート(Anthropocene Fixed Income Institute)シニアクレジットアナリストのセドリック・リモー(Cedric Rimaud)氏は述べています。
同氏はまた、アンモニア混焼の実行にあたり、製造サイクルを通じてグリーン水素を使用する必要があることを示した最近の研究に言及し、そのための技術能力が現在世界的に不足していることを強調しています。
EUとは異なり、現在アジアにはサステナブルな経済活動を定義する統一されたリストやタクソノミー(分類基準)がありません。
それを受けて、日本はアンモニア混焼に関する規定を含む独自のトランジション・ファイナンス・ガイドライン(クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針)を策定しました。
しかし、シンガポールにあるシンクタンクのアジア・リサーチ・アンド・エンゲージメントは、「日本とは状況が異なり、再生可能エネルギーへの投資が現実的である」東南アジア諸国にとって日本のガイドラインは「不適当」であるとしており、アジア全体を代表するものとして捉えられるべきではありません。
また、東南アジアにおけるアンモニア混焼による排出削減と再生可能エネルギー技術をコスト面で比較した研究が示すところによると、太陽光と風力の方が有利となっています。
エネルギー・クリーンエア研究センター (CREA)の研究によれば、日本の碧南火力発電所4号機においてアンモニアを20%混焼した場合には、微小粒子状物質(PM2.5)やその他のガスの排出量が67%増加することになります。また、混焼率50%では、それらの汚染物質は176%増加します。
CREAによると、微小粒子状物質(PM2.5)は、世界で年間800万人、日本で約4万3千人にのぼる早期死亡の一因となっています。また、アンモニア・石炭混焼はPM2.5を生成し、世界的な早期死亡の増加につながる可能性があるといいます。
ステイト・オブ・グローバル・エア(State of Global Air)によると、PM2.5に長期的にさらされることで、虚血性心疾患や肺がん、下気道感染症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、脳卒中、2型糖尿病といった疾患につながる可能性があるほか、早産や自閉症の発症リスクなど出生児への影響が懸念されています。
CREAによると、アンモニア混焼では、PM2.5の他にも、二酸化硫黄や二酸化窒素、未燃焼のアンモニアなどが製造、輸送、燃焼の過程で排出されます。これらは、人々の健康(とりわけ肺や皮膚)に影響を与える可能性があります。
「石炭と合わせてアンモニアを推進することで、再生可能エネルギーの開発と資金調達を阻害する恐れがあり、それは後者(再生可能エネルギー)がより適した地域でも起こりえます。」
アンソロポセン・フィクスト・インカム・インスティチュート(Anthropocene Fixed Income Institute)シニアクレジットアナリスト セドリック・リモー(Cedric Rimaud)
太陽光と風力は、東南アジアにとってより経済的かつ効果的な排出削減オプションです。
IEAの2050年ネットゼロ経路に沿って排出削減を行うためには(専門家が言うところによれば、気温上昇を1.5℃に抑えるためにも)、東南アジアにおける太陽光および風力の設備拡大が極めて重要です。
幸いにも現データは、東南アジアでこれら2種の再生可能エネルギーが成長する可能性があることを示しています。
太陽光と風力は、タイ、インドネシア、マレーシア、そしてフィリピンで、コスト面から見ても有利です。 トランジションゼロによれば、従来通り(BAU)の発電により発生するCO2を除去するのにかかるコストは、4カ国のいずれにおいても太陽光や風力よりアンモニアの方がはるかに高額になります。
「ポテンシャルが高いにもかかわらず、太陽光と風力が東南アジアのエネルギーミックスに占める割合は未だ5%未満(2022年に電力供給量のほぼ15%に達したベトナムを除く)となっています。国内および世界の水素需要に関わらず、同地域では最も費用対効果の高い脱炭素化手段として再生可能エネルギーの導入拡大が最優先される必要があります。」
ドイツのシンクタンク アゴラ・エネルギーヴェンデ(Agora Energiewende)
各国の国家電力計画によれば、タイ、フィリピン、インドネシア、ならびにマレーシアでは、今後10年以内に太陽光と風力のシェアが拡大することになります。
近年、ASEAN諸国では風力と太陽光が勢いを増しており、その導入が拡大しています。例えば、ベトナムでは、2021年に総発電量に占める太陽光のシェアが11%に拡大しました。また2022年には、インドネシアが石炭火力発電所からの脱却とクリーンエネルギーへの転換加速に向けて200億米ドルの国際支援を確保しました。
しかしながら、この成長ペースでは、IEAのネットゼロ目標を達成するにはまだ十分ではありません。
成長予測に従えば、太陽光と風力が東南アジアの総発電量に占める割合は、2030年には僅か11%にすぎず、IEAの目標の半分にも満たないことになります。エンバー(Ember)によると、これらの国がIEAのネットゼロ経路に沿った排出削減を行うためには、より野心的な取り組みが必要です。
IEAのネットゼロ目標を達成し、増加する電力需要を満たすには、再生可能エネルギーの急速な拡大が必要になります。東南アジア諸国の政府は、風力と太陽光をより多く取り込むための送電インフラの再構築を含め、より野心的な太陽光・風力導入計画を掲げる必要があります。
現在の再生可能エネルギー導入目標のままでは増加する電力需要を満たせず、不足分を補うためにCO2を排出する石炭やアンモニア混焼技術が用いられる可能性があります。
「ASEAN諸国は、エネルギーミックスに占める風力と太陽光を合わせたシェアを現在のレベル(現在多くの国では約5%)から国際エネルギー機関(IEA)のNet Zero by 2050ロードマップが提唱する40%に引き上げるためにやるべきことがたくさんあリます。」
エンバー・シニア電力政策アナリスト
アディティア・ローラ(Aditya Lolla)